花粉症の皆様、毎日お疲れさまです。この時期、マスクにティッシュは欠かせませんね。ゴーグルや目薬が必要な人もいるかも。私もいつの頃からか、体内に花粉センサーが装備されるようになり、今日も花水鱈しながらの更新です


その昔、音大出身の沢田亜矢子さんが花粉症という曲を歌っていたことを覚えていらっしゃいますか?当時は聞いたことのない単語でしたが、今や花粉症は春の季語だそうです。でも、花粉症を詠んだ俳句って、目にするだけでムズムズしそうですね。


花粉情報と共に桜の開花予想も始まったので、気分を変えて、壁紙もお花見にしてみました。てなわけで、今日の曲は、だんご3兄弟です。
ではここで問題です。なぜ団子が宇多田ヒカルさんと並んでいるのでしょうか
はい、わかった方~
答えはCM、ぢゃなく、ジャケットのあとで。




                      



ではお答えします。
'99年のちょうど今頃、宇多田さんのデビュー曲 Automatic だんご3兄弟は、ヒットチャートのトップ争いをするライバル関係だったのです。
私はこれをこっそり宇多田んご現象 と呼んでました。



幼稚園児の息子と「おかあさんといっしょ」を見ていた私は、速見けんたろう お兄さんと、茂森あゆみ お姉さんの歌う今月の歌に度肝を抜かれました



可愛いアニメのビデオに、ノリのいいタンゴのリズム。しかも歌詞はタンゴならぬ団子。初めて見た途端、大笑いでした
アニメ担当の 佐藤雅彦 さんはCMプランナーで、当時は、バザールでござーるポリンキー劇場などがヒット、最近は子供番組 ピタゴラスイッチ のキャラクターを手がけています。



幼稚園では、串に刺さっただんご3兄弟のイラスト入りTシャツや傘を見かけ、
息子のクラスメイトで三男坊の母は、自分がいちばん次男 の歌詞に大受けでした。団子屋さんのオーナーで、元ボクシングチャンピオンの 輪島功一 さんもテレビで団子を語ってましたっけ。当時団子はひと串に4個刺した物が主流でしたが、この曲のヒットで3個の物が増えました。ちなみに、松山名物 坊ちゃん団子 は、昔から3個ぞなもし。お兄さんとお姉さんは紅白に出場しましたね




藤圭子さんの娘、 宇多田ヒカル さんは当時16歳。デビューアルバムは全曲自作で、ニューヨーク生まれでアメリカンスクール育ちの英語にソウルフルなメロディは、とても衝撃的でした。アルバムの日本での売り上げは、なんと860万枚以上というメガヒットで、私も貢献しています。だんご3兄弟の入った、「おかあさんといっしょ名曲集」のCDとビデオも持っていて、よく一緒に歌ったものです




期せずして団子と争うこととなった宇多田さん、去年は奇しくも、コミックが原作のテレビドラマ花より男子(だんご)2 の主題歌Flavor of lifeで堂々の1位になりました。団子にご縁があるんですね





   歌 詞     何番目?    ええ歌や     天井低い?  


    歌 詞    ありがとう  音域、広っ     画伯再登場 


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2010.11.09 / Top↑
カレンダーをめくり、今年最後のページにご挨拶。「12月」の文字に、


  ♪ きったかっぜ~~ こぞう~の かんたろう~~ (かんたろぉぉ~)


がエアーで流れてきた。からっとしたこの曲、カラオケで歌うと、バックコーラス(?)の「かんたろぉぉ~」で盛り上がる。メロディーは簡単だし、みんなで楽しく歌えるので、忘年会の二次会あたりにいかがでせう


作詞は「太陽がくれた季節」や 聖母たちのララバイ 「どれみふぁどーなっつ」の 井出 隆夫(山川啓介)さん。作曲は、 バナナのおやこ や、「はみがきじょうずかな」の、福田和禾子(わかこ)さん。
お二人とも、「おかあさんといっしょ」にたくさんの楽曲を提供されていたので、お子達が小さかった頃、よくお名前を見かけた。この寒太郎コンビには こんな曲 も。。。


幼少の頃、冬一番のお気に入りソングは、12月だもん だった。町の通りをのっしのっし歩く10頭の白熊くんや、雪の玉を転がしながらよちよち歩く100匹のペンギンさんが楽しく、テレビから流れてくるたびワクワクしていた。
12月になるたび思い出す愉快な曲だ。(本当にいたらえらいこっちゃだけど



作詞は「ひょっこりひょうたん島」「ネコジャラ市の11人」「ママとあそぼうピンポンパン」「にこにこぷん」の脚本家 山元 護久(もりひさ)さん。(子供の頃は「だれひさ」さんだと思とった作曲は「オーケストラがやってきた」「男はつらいよ」「一年生になったら」「天下御免」の 山本 直純 さん。♪大きい~ことは いいことだ~ や、「紅白歌のベストテン」の初期に、毎回オープンカーで登場していた姿が忘れられない。




  
                






               北風小僧の寒太郎
               今年も町までやってきた
               ヒューン ヒューン
               ヒュルルンルンルンルン
               冬でござんす
               ヒュルルルルルルン


               北風小僧の寒太郎
               口笛吹き吹き 一人旅
               ヒューン ヒューン
               ヒュルルンルンルンルン
               寒うござんす
               ヒュルルルルルルン


               北風小僧の寒太郎
               電信柱も泣いている
               ヒューン ヒューン
               ヒュルルンルンルンルン
               雪でござんす
               ヒュルルルルルルン




電信柱は登場するが、なんとな~く 木枯らし紋次郎 のイメージだ
歌い手は「マチャアキ」こと堺 正章さん。GSの ザ・スパイダース では井上順さんやムッシュかまやつさんらと弾け、「時間ですよ」では「松乃湯」同僚の悠木千帆(樹木希林)さんや浅田の美代ちゃんと語り、となりの真理ちゃんと屋根の上で歌ってた


やがて巨匠となり、新春スターかくし芸大会では、トリの大技にハラハラドキドキしたものだが、この長寿番組も、来年のお正月で見納めだそうだ。(そういえば、最近、全然見てなかったもんなぁ。。。)


「寒太郎」は東京ガスの「乾太郎」(or「乾太くん」?)という乾燥機のCMソングに使われていたことがある。空気が乾燥する季節、火の元とお肌にはご注意を


一昨年の 「冬がはじまるよ」特集 も、今ではみごとにリンク切れ大会
でも、かろうじて「当たり」が2本残っているので、銀はがしのお好きな方は探してみてちょんまげ




   マチャアキ   ガッくん  せっちゃん  マッキー  修&ゆう子  

2009.12.01 / Top↑
今日から学校は夏休みです
とはいっても、娘は受験、息子は部活で帰省もできません。


私は田舎育ちなので、子供の頃の夏休みは、毎日のように川で泳ぎ、真っ黒になっていました。
祖母の家に遊びに行くと、畑から取ってきたすいかを、井戸で冷やして食べるのが楽しみでした。

夜になると、蚊帳(かや)を吊って寝ていました。
隅っこが持ち上がらないよう、雑誌で重しにするのですが、重しの漫画本を読んでいるうちに、隙間から蚊が入ってくることがよくありました。


朝になって、支えの紐をほどくと、蚊帳は、空気の抜けた風船のように布団の上にぺたっと覆い被さります。


半分をほどき、半分を残した状態だと、だらんと垂れ落ちた感じが天蓋ベッドのように思えて、気分はどこかの国のお姫様。
妹達と蚊帳の中でキャーキャーはしゃいだのも、懐かしい思い出です


夏休みに見たくなる映画といえば「となりのトトロ」です。
昭和30年代の夏、北島サブちゃんが東京の酒場で流しのギターを弾いていた頃、埼玉では、団塊の世代のさつきと、年の離れたメイの姉妹が、トトロに出会います。


1988年の作品というから、バブルど真ん中の時期に作られたわけですが、拝金主義とは一線を画しています。穏やかに流れる時間が心地よく、子供時代を追体験しているような気分になる、時の流れにも色あせない名作です


私は残念ながら、リアルタイムではトトロを知りません。
娘が2~3歳の頃にレンタルビデオで見て、親である私達の方が感動し、返しに行った足で、迷わずビデオを買いました。


娘は、小さい頃は妹のメイの気持ちで見ていたけど、弟が生まれ、姉として面倒を見るようになると、さつきに感情移入するようになったと言っています。


姉を持つ友人は、母親歴が長くなった今も、妹・メイの気持ちで見ているそうです。
幾つになっても、お姉ちゃんはお姉ちゃん、妹は妹なんだな、と思います。


きょうだいの数や、生まれた順番って、身体のどこかに情報のチップが埋め込まれているみたいに、大人になってからも、ひょっこり顔を出すから、面白いですね。



         歌 詞       TOTORO        風の通り道

            久石譲さん      Summer




     
2009.11.03 / Top↑
おはようございます。
昨日、どうしても歌いたかった曲があったのですが、今、歌っていいですか?


   棒が一本あったとさ 

   葉っぱかな

   葉っぱじゃないよ かえるだよ

   かえるじゃないよ あひるだよ

   六月六日に 雨ザーザー降ってきて

   三角定規に ヒビいって

   あんパンふたつ 豆みっつ

   コッペパンふたつ くださいな

   あっという間に 可愛いコックさん



ああ~、すっきりした♪
すみません。
毎年、六月六日には、脳内ジュークボックスのターンテーブルにこの曲を載せて、お天気チェックをする私。

なのに、昨日は「Help!」を連呼してたんで、うっかり忘れてました。
うちの子も学校でこの歌がグルグル回っていたそうです。
歌った方、いらっしゃいますか?
ちなみに、こちらは雨ザーザーではなく、よく晴れておりました。
はい、どうも失礼いたしました~m(_ _)m



さて、今日の一曲は、ちびっこソングつながりで、「いっぽんでもにんじん」です。
「ひらけ!ポンキッキ」で歌われていた数え歌です。
私は言葉遊びが好きなので、初めて聴いたときは「ほおぉ~」
まさに、目からうろこソングでした。


歌うのは、意外にも、葛飾ではなく銀座生まれのなぎら健壱さん。
この曲はカラオケにも入っているらしいですよ。
なぎらさんといえば、取組中にまわしが取れちゃったお相撲さんの歌「悲惨な戦い」を思い出す私は、古い人間でしょうか?



   いちご 人参 サンダル ヨット 胡麻塩

   ロケット 七面鳥 蜂 くじら ジュース



   一本 二足 三そう 四粒 五台

   六羽 七匹 八頭 九杯 十個



単位の呼び名だけを載せた本が出るぐらいだから、デーブさんやボビーさんやパックンたちは、日本語を覚えるのにさぞ苦労したことでしょうね。


ガセネタという説もあるのですが、ガチャピンとムックは、どうもジョンとポールがモデルらしいという噂があり、私はずっと信じています。
だって、ガチャピンの大きなお目目のたれ具合が、そっくりだもん。
ムックのもじゃもじゃした感じも、白いスーツを着て、職場前の横断歩道を先頭を切って歩いていた頃の雰囲気に似ているし。


それにしても、ガチャピンたら、スポーツ万能ですよね。
あの黄緑の図体で、スキーに、サーフィン、フィギュアスケート、カート、スキューバダイビング・・・etc.
宇宙飛行士になって空も飛んでいました。
おそるべし、ガチャピン。
ムックは見学席で「うひょ~、すごいですね~」を連発しています。
まるで、染之助・染太郎さんコンビのようです。


かぶり物でのスポーツは大変だろうな、と思っていたら、今度はなんと、エアギターに挑戦ですと(*_*)
すでに東京地区予選を突破し、8月に開かれる日本代表選に出場が決まっているらしいですよ。

B'Zや布袋さんの曲をバックにエアギターで自己陶酔するガチャピン、見てみたい・・・



      コックさん  にんじん    営業中   


2009.06.06 / Top↑

ディズニーランド経験者なら、おそらく一度は乗ったことがあるアトラクション、それが「It's a small world」ではないでしょうか


ボートでトンネルに入ると、水路の両側には、世界各国の民族衣装を身にまとい、母国語で、「小さな世界」を歌う人形達が見えてきます。
観光バスのように、右を見たり左を見たり、時に天井を見上げたり、指差したり、と、おのぼりさん状態で約10分間の「きょろきょろタイム」です
トンネルの中では、この歌がエンドレスで流れているので、何カ国語かで書かれた「さようなら」の壁をくぐり抜け、外に出る頃には、頭の中で「It's a small world after all」がグルグル渦を巻いている、そんなアトラクションです



年齢を問わず、ボートから降りてきた人達の何人かは、必ず歌を口ずさんでいますから、今度行く時は、さりげなくチェックしてみて下さいね
混んでいる時は、列に並んでいる間、動物の形に刈り込まれた植木を眺めたり、世界の歌が流れてくるのに耳を傾けたり、人間観察をすると、時間をもてあますことはないでしょう。
もっとも、子供が小さいうちは、とてもそんな余裕はありませんでしたが・・・



このアトラクションは、'64年にNYで開かれた世界万博で、ユニセフのパビリオンとして発注を受けたウォルト・ディズニーが、ユニセフの思想をふまえたアトラクションとして考案したそうです
平和な世界とは一体どんな世界なんだろう?
ディズニーは、いろいろ考えた結果「子供達の世界」ではないかとひらめきました。



子供の頃は、肌の色が違っても、言葉が違っても、今日出逢って一緒に遊べば、皆仲良しになれた。ケンカをしても、次の日には、また仲良くできた。
でも、大人になると、なぜ、友達になれなかったり、仲直りができなくなってしまうんだろう。
この発想は「Ebony and Ivory」や「We are the World」「世界は一家、人類は皆兄弟」に通じるものがありますね。



初めて行ったディズニーランドは、カリフォルニアのアナハイムで、まだ東京にはなかった頃です。「スモール・ワールド」や「カリブの海賊」は、アメリカ人にも人気のアトラクションでした。



'83年に東京ディズニーランドができる時、テレビでスタッフ募集のCMが流れていました。
巷には「東京じゃなくて、千葉じゃん・・」という意見も多かったですが、今やその名称は、しっかり定着していますね



開園して間もない頃、友人達と遊びに行きましたが、平日だったせいか、どこもガラガラで、列に並ぶためジグザグに張り巡らされたバーの間を駆け足で進み、スペースマウンテンも乗り放題。
ちびっ子が滑り台を降りてきたかと思うと、また階段を駈けのぼる、そんな感じでした。
今ではとても考えられない、閑古鳥の鳴くディズニーランドの昔話です



広大だった土地に、スプラッシュ&ビッグサンダーマウンテンやスターツアーズ、ミクロアドベンチャー、トゥーンタウン、クリッターカントリーなどが、少しずつ作られていきました。
独身時代や、子供が小さい頃などは、年に1~2回のペースで行っていましたが、ディズニーシーに1度だけ行ったのを最後に、ずいぶんご無沙汰です



子供も成長すると、友達や、彼氏・彼女と行く方が楽しいだろうし、もう、親の後をついて回る年でもありません。
家族揃って行く機会は、もうないかもしれません。
あ、でも、娘となら行くかな




       KARAOKE    小さな世界    Fantasyland 


         大きな世界     もっと大きな世界




  


2008.10.26 / Top↑