ツイッターを始めて二年目に入った土曜日、初めてオフ会に参加してきた。ビートルズ好きが集まる マジカルメロンツアー 気分は大人の遠足。私鉄沿線 の駅前に集合。


東武東上線は初めてだ。乗り換え口の通路に並ぶ日光や鬼怒川温泉のポスターに、修学旅行で訪ねた東照宮が蘇る。あの頃はジョンも存命だった。ホームのたたずまいが、18の春、券売機で急行料金ボタンを探した井の頭線渋谷駅に似ている。電車に乗り込み、発車を待つ間、携帯画面につぶやく。


「池袋なう。東武東上線発車待ち。」 ほどなく、「同じ電車ですね^^」と、まだ見ぬ同行者からの返事。思わずあたりを見回すが、それらしき人は見当たらない。だが、時間にはまだ余裕があるので、そのうちわかるだろうと、集合場所をもう一度確認。ギクッ、なんと、違う電車に乗っているではないか。そういえば視線の端にはホームが幾つかあった。なんてこったい


でも発車前に気が付いて良かった。脳内では「One After 909」の駅員さんが「お客さん、間違えてまっせ~」とダメ出しR&R。ビルの屋上に立つジョンとポールのハモりがグルグルする。正解の電車は出た後だ。画面には「発車なう。」 のつぶやき。その頃、車内では、マジカルミステリーチラ見声かけハウドゥユードゥ 大会、ライブハウスではリハーサルが繰り広げられていたようだ。


さすが東京。もう次の電車がやって来た、ヤァヤァヤァ!路線バスのようなほのぼのとした車内は、先ほどうっかり乗った車両に比べて座面の位置が低い。車窓からの風景や駅の間隔の近さもローカルテイスト。オンタイムぎりぎりになりそうなのでつぶやく。 「ひぇ~、違う電車でスタンバってました。」 親切な人がトホホツイートをRTで広めてくれた。


ほどなく目的地 中板橋駅に到着。階段を駆け上がると、きゅんと懐かしさに襲われた。こぢんまりとした通路がふるさとの駅舎に似ている。ルンルン駆け下り、念のため改札口の駅員さんに出口を確かめる。なんと集合場所は反対側 またもや階段をアップダウン。エアーBGMは「Physical」万歩計付けてりゃゴキゲンな数字が出たのに。Can't Buy Me Loveの映画シーンが浮かぶ。


標示も確認せず動き回り、二度も間違えるなんて、何やってんだか。普段ならありえない(と思いたい)粗忽さは、久々の遠足に舞い上がり、インテル サザエさん入ってる。


団体さん発見 声をかけるとたくさんの笑顔が返ってきた。明るい日差しの下、横文字のハンドルネームを名乗るのは、なんだか不思議でこそばゆい。まとめ役Mさんに、次々と紹介される。歴史好きなNさんとはJLM の携帯ストラップがお揃いだった


HNやアイコン(プロフィール写真)は見慣れているものの、いざ集合となると、とても一度には覚えきれないが覚えたいぞ。ビートリィな皆さんだけあって、記憶の中のアイコンはビートルズやギターだらけだ。ジョンは何人?



          マジカルメロンツアー   




ご挨拶が済んだところで商店街へ移動。パン屋さんはツイッター仲間のバーバラひめ さん。伝説の日本公演で、ジョージの団扇を手に階段を上る姿がフィルムに残る歴史の生き証人だ。2回も見た上、同行の姉上は5回の全公演皆勤賞という強者。麗しき三姉妹は、テレビや雑誌に何度も登場されたそうだ。さすがメトロポリス。新幹線も外タレも来ない愛媛の真面目な田舎者には夢のような世界だ。


Sさんも十代で武道館ライブに遭遇したお兄さん。お二人は、ビートルズだけでなく、ホリーズ、ドアーズ、ゾンビーズ、ストーンズ、クラプトン、ツェッペリンetc様々なライブに行かれたそうだ。素敵な先輩に出会うたび、年を重ねるのも悪くないなと思う。


最近は、団塊=ビートルズのように言われているが、どうも後出しジャンケンらしく、クラスでビートルズを聴いていたのはごく一部だったようだ。昭和20年代生まれの森まゆみさんや群ようこさんのエッセーにもあるが、64年あたりだと、ビートルズと同期の北島サブちゃんが人気を博し、白黒TVでは御三家や村田英雄、三橋美智也、春日八郎、三波春夫などが歌っていたそうだ。私もうっすら覚えている。


店内の壁には、4人組が羽田に降り立つ際着用していたハッピのレプリカ。BGMはもちろんビートルズ。外はカリカリ、中はさくさくのときめきメロンパン お店の前で記念撮影ビートルズ好きな方、パン好きな方、一度お越しあれ


甘い香りの紙袋を提げ、電車に乗り込む。文面同様、気さくで気持ちいい方ばかりだ。池袋駅前のキリンシティ2階で乾杯。和気藹々とした雰囲気で話がはずむ。やっと全員の顔と内容が一致した。次からはバッチリだ。


開店時間が近づいたので、駅から5分の最終目的地・ライブハウスma-ru(マール)に向かう。マスターは、ギター、ドラム、キーボードをこなすマルチプレーヤー。今夜は貸し切りだ。主役は全員がツイッターに参加しているバンド GLOVE LOVE


名前はビートルズのアニメ映画由来。奇しくも私が結婚した年(とは言っても誰も知らないが)職場で結成されたビートリィなコピーバンドだ。ある日、ポール役のMさん(ベース)と、たまたま店内に居合わせてセッションに参加したSさん(キーボード)が、ほぼ同じタイミングでツイートしたことから広がった輪だという。私はSさん経由。曲決めや練習の打ち合わせ、自主トレの状況など随時つぶやかれるので、読むだけでも楽しい。


十代の頃に聴いた音楽は、一生、心の根っこに残るという。20代から60代まで、ビートルズを心の友とする20世紀+21世紀少年少女約30名。ステージでは日本公演のセットリスト全曲とアビーロードB面を柱に、ビリー・ジョエルやボズ・スキャッグス、ソロなどをはさんで36曲が演奏された。バンドメンバーの他に、有志のサポートメンバーの出入りもある。店中が一体となり、グラス片手に音楽を楽しむ。デビュー前のビートルズも、夜な夜なそんな空間にいたはずだ。電車の時間があるので、後ろ髪を引かれながら一足お先においとま。Mさんと、新幹線で駆けつけた大阪支部応援団長Mちゃんが駅まで見送ってくれた。おおきに


まめなMちゃんは、当日の演奏をビデオに撮ってYou Tubeにアップしてくれた。ありがとう♪金沢から上京、翌朝は日本海方面が大雪で電車がストップしたYくんは、なかなか家にたどり着けない模様をつぶやき、無事帰宅した時はほっとした。Rくんは、うちの娘世代。


バーチャルな世界の向こうには、それぞれのA Day In The Lifeが広がっている。遠方の人や日程が合わず参加できなかった人も、通りがかりの人も、今はYouTubeやブログやツイッターを通じ、エアーでライブに参加できる。


ライブ=生きること。人も音楽も、バーチャルよりリアル、デジタルよりアナログの方が体温や生命力を感じる。ダウンロードで曲を買う人が増え、CDショップが姿を消す時代、アナログを知る人口はどんどん減っていくのだろう。年度末で多忙な合間を縫って、来月のオフ会に向け練習に励むバンドのメンバーや、愛あるサポーターに感謝。温かいエールを送り合うビートルズ仲間に乾杯。今宵会ふ人 皆美しき。


「私のアイドル」は、浪人中、福岡から夜行列車で上京し、大きな玉ねぎ の下、生演奏に出会った財津さんのビートリィな作品。まりやさんの「マージービートで唄わせて」同様、あの日、通奏低音のようにエアーターンテーブルでグルグル回っていた曲たちだ。どちらの歌詞にも固有名詞は出てこないが、ファンにはしっかり伝わり、それぞれの十代にゲットバックする。


中学の頃ビートルズに出会っていなければ、私はあの場にいなかっただろう。みんな人生のどこかで4人に出会い、夢中でレコードやCDを聴き、楽器を手にした人たちなのだろう。縁は異なもの味なもの。ビートルズとツイッターが繋いだ魔法の不思議な旅はまだまだ続く。なんでもない一日が実はすごく大切だ。中2病も悪くない。縁の糸にだんだん。Grow Old With Me




   チューリップ   拓郎    まりや   和義 おまけ


   ライブ   Yesterdays   縁の糸   セットリスト



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2011.03.10 / Top↑
ナベツネさん似の笑顔で店頭に立つカーネル3ダース サンダース人形が、
今年もサンタさんヴァージョンになりました。テレビからは、竹内まりや さんの、
ク~リスマスが今年~もや~ってくる~(すてきなホリディ)が流れてきます。


衣装持ちな不二家のペコちゃんのコスプレも懐かしいけど、近所のお店は、去年の騒ぎでなくなり、コインランドリーにわっちまいました。どこかで見かけた暁には、私の分までよろしくお伝え下さいまし


え?ライブレポの後半はどうしたですと? 
あわてない、あわてない。一休み、一休み 年末じゃけん、ま、いろいろあらーな。。。


今日 も、好っき好っき好っき好っき 好きっ好き 愛してる ビートルズ ソング。
'65年に公開された、2本目の主演映画 Help ! (今度はカラーだぜ)で、
雪山シーンに流れてた涙の乗車券(Ticket to Ride)いっちゃいま~す


ビートルズファンは、この曲を聞くと、怪しい追っ手から逃れた4人が、アルプスのスキー場で滑ったり転んだりする、愉快なシーンを思い浮かべることでしょう。ゲレンデでエアーBGMになってた人もいるかも。それは私です…途中で画面に登場する楽譜、音符の向きが裏返しなのは、シャレかいな?


Ticket to Ride の「Ride」は、When I'm 64 の歌詞にも出てくる、イギリスのリゾート地・ワイト島(日本だと沖縄あたり?)の港「Ryde(ライド)」にかけた、
ジョンお得意のオヤジギャグ 駄洒落


変拍子のシンコペーションはポールのアイデアで、ジョンは、この曲をヘビメタのはしりだと言ってたそうです




             





'69年、カーペンターズはこの曲でデビューしました。カレンは、歌詞のShe's got a ticket to rideの部分で、Sheを He に置き換えて歌ってますね。
中学の頃は「女子じゃけん変わるんじゃろか?」と思いましたが、失恋の相手が同性じゃ、ちーとあぶないけんね


ビートルズのそっくりさんバンドでは The Rutles(ラトルズ)が有名ですが、それはおいといて(by 柳家金語楼のジェスチャー…古すぎ)、北欧代表は、
Rubber Band(ラバーバンド)だとか。>輪ゴムバンドかよ


このデンマーク出身の4人組、クリスマスシーズンにはThe Beatmas と名前を変え、サンタの扮装でクリスマスソングを歌うようですが、はて、どこかで聞いたようなイントロやコーラス…


そう、ビートルズのパロディが全曲にちりばめられているので、FAB4ファンなら元ネタがピンときてニヤッとすること間違いなし。一粒で二度も三度もおいしいアルバムです。今日は「Xmas!」からツボどころを集めてみました。一度お試しあれ。


 Christmasの略は X'mas ではなく Xmas が正解。





 オリジナル  そっくりさん  兄妹版 デビュー曲? 1234 ワム?


  Taxdeer   三太大集合   愛こそは聖夜 2007年版  おまけ



    
2010.12.23 / Top↑

今日、ひとつ年を重ねた。母親になるまで、誕生日は「誰かに祝って貰うもの」だったが、初めて我が子を産み落とした瞬間、私の考えは変わった。誕生日とは「母が子をこの世に送り出した日」であり、第一子の場合は「初めて母となった記念日」でもあると感じた。いくら子沢山でも一回一回が命がけの重労働。無事に生まれてくれた我が子と、自分を生んでくれた母への感謝の思いがわいてくる。誕生日は「ありがとう」の日だ。


予定日より十日早くこの世にデビューした私は仮死状態だったそうだ臨月のうら若き妊婦は突然の破水で、産院に担ぎ込まれた。(そこは、やがて「おはなはん通り」と呼ばれる町並みの一角にあったのだが、現在は廃業している。)潤滑油として母胎から赤ん坊と一緒に流れ出るはずだった羊水が、一足先に出払ってしまったせいか、3キロほどの物体は全身チアノーゼ状態。ウンともスンとも言わない。


「先生が足を逆さに持って、お尻をパンパン叩いたら、カエルを踏みつぶしたようなしゃがれ声で『フンギャァ~~』と泣いたんよ
物心ついた頃から誕生日のたび母が語ってくれたエピソード。きっと祈りながら産声を待っていたことだろう。時はいつの日にも親切な友達。過ぎてゆく昨日を物語にカエル。死と隣り合わせで生まれてきた私にとって、生きてるだけでラッキーなことだ


早く人間になりたい と言ったのは、妖怪人間ベム、ベラ、ベロだが、幸運にも命拾いした人間の子・ラベ(仮名・名前はまだない)は、同室の新生児から病気をもらったらしく、翌日から脱皮を始めたそうだ。私ゃさなぎじゃったんかい。やっと生まれたと思ったら、全身の皮が剥けてゆく。トホホ、なんというスタート。きっと私は踏みつぶしたカエル声で泣き続けていたのだろう。覚えとらんけど。母は涙に暮れ、放心状態で見守るしかなかったという。見知らぬ赤ん坊からの予期せぬバースデープレゼントだった要らんぞなもし~ それにしても、生まれた時からネタだらけの私って一体…
ネバーエンディングストーリーはまだまだ続くのだが、それはまた別のお話。


幸い、大事には至らず、脱皮後半世紀を過ぎたカエル さなぎ 私は今、パソコンのキーボードをパンパン 肩肩 カタカタ叩きながら、人様には何の役にも立たない思い出を綴っている。残念な産声出身ゆえ、小学生の頃はクラスの男子から青江三奈とからかわれ、コンプレックスを抱いたこともあった。せっかく例えるなら、ダミ声つながりで、若くてきれいな藤圭子にしてほしかったけど、図々しい気がして言えなかった


もしこの時、デロリアンに乗ったマーティーが、「30年後に藤圭子の娘 のデビューCDが800万枚売れ、君は2枚買うよ」とか、「2010年に日本人の野球選手 が、アメリカの大リーグで10年連続200安打の新記録を作るよ」と教えに来ても「なんじゃ、そりゃ?」といぶかったことだろう。大リーグボール養成ギブスなら知っとるけど。



時代や場所は違っても、命宿ってから産声を聞くまで、「無事に生まれますように」と祈る親や家族の気持ちは同じだろう。ベルリンの壁崩壊の頃、劇場で見た「インディジョーンズ3」で、私のお腹をガンガン蹴り、二日がかりの陣痛と難産の果てに登場した娘は、よく通る力強い産声を上げてくれた。カエルを踏みつぶした声も覚悟していた私は、澄んだ声がただ嬉しくて、「ありがとう。よく頑張ったね。」とつぶやいた。


太古の昔から、母親は出産のたび、この痛みを乗り越えてきたのか。分娩室の廊下で四時間以上も、進まぬお産を待ち続けてくれた子沢山の母への感謝が溢れた。その日、テレビからは、ネルソン・マンデラ解放を喜ぶニュースが流れていた。初孫を抱く両親の目尻は下がりっぱなし。ナイス産声の娘は無事成人式を迎えた。





       





「ありがとう」って伝えたくて…1回目から楽しみに見続けてきた ゲゲゲの女房 の最終回が私の誕生日と重なることがわかった時は、なんだか悲しかった。だが、「見えんけどおる」「終わり良ければすべてよし」を象徴する幕引きで聞き慣れた主題歌が流れた時、心は秋空のように晴れ渡っていた。一人一人のスタッフが水木さんご夫妻に寄せる尊敬と愛情と共感が詰まった渾身の作品を、毎朝味わえた幸せに感謝したい。

脚本家山本むつみさんは、これまでの人生のすべてを投下し、全力で書ききったという。一話一話が濃厚で限りなく優しい15分。ゲゲゲ展の原画からもただならぬ空気を感じた。精魂込めて作った本物は、目には見えなくとも、受け手の心にしっかり届くパワーを放っている。理屈ではない。魂だ。


「ゲゲにょ」ファンが集うツイッターの #gegege タグでは、たくさんの共感や感動の書き込みと共に、音楽担当の窪田ミナさんが、その日のBGMをつぶやいていた。安来の義兄役・中村哲人さんや、貧乏時代の同居人・中森さん役の中村靖日さんは、撮影時や打ち上げのエピソード、出演日などをつぶやいていた。水木さんを愛する若き同業者達がドラマに刺激を受け、連日アップした台詞付きイラストは、いつの頃からか ゲゲ絵 と呼ばれるようになり、人気を博した。少女漫画界の大御所・萩尾望都さんが、このドラマのおかげで、やっと両親に認めて貰ったことも話題になった。最終話となった今日のTLはたくさんの「ありがとう」や「だんだん」で溢れていた。


「彼岸花の咲く頃に亡くなった人はご先祖様に守られてあの世に行ける」と、主人公の母・ミヤコ(古手川祐子)は娘に語った。彼岸花の咲く頃に仮死状態で生まれた私は、やはりご先祖様に守られているような気がしてならない。今頃、実家の庭では秋桜(コスモス) やオシロイバナが満開だろう。今日は誕生日。ふるさとの両親や家族にだんだん。ゲゲゲの最終回は心に残る素敵なブレゼントとなった。「だんだん」はふるさと愛媛の言葉でもある。


中学の頃聴き始めた谷村新司の「セイヤング」では、その週、誕生日を迎えるリスナーからの葉書を読み上げるバースデーコーナーがあった。BGMは、強烈なドラムとギターのイントロで始まるノリノリな曲。2枚組なので後回しにしていたホワイトアルバムをやっと手に入れた日、「あれ?この曲、ビートルズじゃったんか~」とウキウキしたものだ。まさか誕生を祝う「Birthday」の次の曲 が真逆の歌詞とはつゆ知らず…


頼りなげな「bir~thday~」のバックコーラスは、当時ジョージの妻だったパティと、ジョンとビビビ交際中だったヨーコ。今でもこの曲を聴くたび、二階のこたつで聴いた関西訛りの「おめでとぉっ」が蘇る。会社勤めの頃は給料日が25日だったので、毎年、給与明細が誕生日プレゼントのようで嬉しかった縁あって同じ日に生まれた皆さんや、通りがかりのお誕生日さん、天秤座の皆さんに「Happy Birthday 」その他の皆さんには「なんでもない日おめでとう」これから先の人生で、今日が一番若い日。毎日がスペシャル いい日でありますように



      お誕生席       Unbirthday     おまけ

2010.10.09 / Top↑
この年末年始、NHKBSチャンネルで、ビートルズ解散40年、ジョン没後30年のメモリアル番組が、まとめて放送されるそうです。
9月9日 に発売され、当日は真夜中にカウントダウンイベントまで行われた、ビートルズリマスターボックス はベストセラーになりましたね。モノラルとステレオの2種類が出たので、2つのセットを大人買いしたマニアもいるようです。


70年代の中学時代に売り出されてたら、1年分のお年玉とお小遣いをかき集めても買えなかった贅沢品(単品集めるよりは割安だけど…。)皆さんはもうお聴きになりましたか?今度のお年玉で買う人っているのかな?


モノラル盤は初回限定発売という触れ込みだったので、早々に売り切れ、ネットオークションで値段がつり上がったらしいですね。でも、その後、追加発売され、今でも手に入るようです。高値で買った方、お気の毒でした


 12月30日(水) 13:00~14:10 BS2 よみがえるビートルズ 完全版

    〃       14:10~15:45 〃 映画「Help!4人はアイドル」(字幕)

     〃       15:45~17:00 〃 The Beatles First Live In America '64

  1月 1日(金)   21:10~22:00 BS1 ジョン・レノン没後30年ドキュメンタリー(前)

    〃        22:10~23:00 〃 「世界を変えたイマジン」(後)

  1月 2日(土)   21:10~21:56 BS1 ビートルズ解散40年「サイドマン」(前)
     
    〃      22:10~23:00 〃 クラウス・フォアマン(後)ポール&リンゴ   
 



「よみがえるビートルズ」は9月の再放送。お薦めです


主演二作目の映画「Help!4人はアイドル」は65年の作品で、「ロード・オブ・ザ・リング」のパロディ版のテイスト。リンゴのトレードマークの指輪がターゲットとなり、4人が山で海で街で追われ続けるコメディ。アルプスのスキー場やバハマ諸島でのシーンが愉快です。ワーグナーやチャイコフスキー、ベートーベンなどの壮大なBGMも、ドタバタ劇をユーモラスに盛り上げます。


ややネタバレですが、「第九」好きの虎が出てくる場面では、映画館で大爆笑でした。ジョージのカーアクションシーンもお見逃しなく この年に生まれたリンゴの長男 ザック・スターキーは、The Whoのドラマーだったキース・ムーンを師と仰ぎ、 父の仕事を継ぎました


「サイドマン」は、ビートルズのハンブルグ時代(1960~62)からの友人で、7作目のオリジナルアルバムRevolver のジャケットをデザインしたクラウス・フォアマン のドキュメント番組。西ベルリン出身。ビートルズ2作目のアルバム with The Beatles のジャケットを撮影した写真家 アストリッド・キルヒヘル の元カレ。今でもイケメンさんで、すらりと背が高く、格好良かったぞなもし


初代Plastic Ono Bandのベーシストとして、アルバム「ジョンの魂」「Imagine」やライブ「Live Peace In Tronto '69」「Concert for Bangla Desh」などに参加し、今年亡くなった忌野清志郎さんが出演した ジョンレノンスーパーライヴ Dream Power 2007 でも演奏していました。


この夏、リバプールで開催されたビートルズフェスティバルでは、元カノと旧交を温めた模様「サイドマン」では彼の曲作りの過程を追うとのことで、50年来の友人であるポールやリンゴも登場するそうです。





    クラウス・フォアマン&アストリッド・キルヒヘル   

       1963              2009              1966 

        撮影:アストリッド・キルヒヘル           左:クラウス 右:アストリッド        デザイン:クラウス・フォアマン

          



           



今日はどの曲をタイトルにしようか悩みましたが、やっぱり中学時代、よく口ずさんでいた曲にします。with The Beatles から、ジョンが超高速で三連符をかきならし、ポールが声高らかにうたう All My Loving。 Revolver から She Said She Said


どちらのアルバムも、中2で初めて聴きました。「with The Beatles」は友達の部屋で、白黒の陰影がくっきりしたジャケットを手に、ワイワイ言ってました。まだ誰が誰なのか、よくわからなかった頃です。「Revolver」は、イラストの中にメンバーの目の写真があるのが不気味で、あまりまっすぐには見られませんでした カメラ目線のぱっちりしたジョージの目が一番目立ちますね。映画「犬神家の一族」で、復員兵の すけ◯◯(忘れたさんのデストロイヤー系かぶり物を見た時、このジャケットを思い出しました。


当時読んでいたミュージックライフのお便りコーナーは 「He Said She Said」というタイトルで、レッド・ツェッペリンのジミー・ページの吝嗇ネタや、誰かさんの頭髪ネタをよく見かけました。深夜放送のおふざけ葉書紹介コーナーみたいなノリでした。


ビートルズのメンバーの名前と顔は、美容院で女性週刊誌を愛読していた母が教えてくれました。リアルタイムのビートルズ情報も、来日情報も、知っていたと思いますが、私が目覚めるまで聞いたことがありませんでした。グループサウンズの話も、スタンド式ドライヤーのおかまの中で仕入れたものと思われます。


洋画好きで、娘時代は「スクリーン」を愛読していた母は、ジョンとヨーコのちょうど真ん中あたりのお年頃。欧米人の顔を見分けたり、横文字の名前を覚えたりすることが苦にならなかったようです。もう少し上の世代だと、抵抗があったかもしれません。


私が一番始めに覚えた名前は 林檎 リンゴ (ヨーコさんと一緒)でも、ビートルズのメンバーの名前って、覚えやすいですね。ジョン・ウィンストン・レノンや、ジェームス・ポール・マッカートニーだったら、すんなりとは頭に入らなかったかも。アストリッド・キルヒヘルは難しいぞなもし。。。ドイツ語ですけん。

それにしても、ビートルズリマスターボックス(ステレオ盤)ったら、7枚x2列の縦積みで、上から1枚ずつ取り出さないことには、下のアルバムに辿り着けないという使いにくさ。なんとかならなかったのでせうか モノボックスもですか?


見開きの紙ジャケで、横っちょからカシャカシャした袋入りCDを取り出す作業って、LP世代には、昭和っぽくて懐かしいです


P.S. Dream Power2008 で「Strawberry Fields Forever」を歌ったフジファブリックのボーカル志村正彦さんが急逝されました。まだ29歳とのこと。武道館で見たつるつるの美肌が目に浮かびます。合掌。


    
     
    1963    1966   1971   2009   歌う龍馬   
 

2009.12.29 / Top↑
ジョンの命日の12月8日、日本武道館で行われたスーパーライヴ ドリームパワーに参加してきました。
チケットの売り上げは、アジア・アフリカの恵まれない子供達のための学校建設とメインテナンスに充てられるチャリティコンサートです。去年の売り上げで新たに10校増え、過去7回で 18ヶ国75校 が建設されたそうです。
去年のレポートは こちら


出演者は、ジョンを愛する第一線のアーティスト達。
今年一番話題を集めたのが、NHKの大河ドラマ 篤姫 の主役 宮崎あおい さん。母親の影響で、幼い頃からビートルズやジョンの曲に親しんできたそうです。
i podでHappy Xmasを聴く篤姫、なかなかナウいじゃあ~りませんか


私は三年連続参加。今年は、四半世紀前、一緒にダコタハウス詣でをしたMちゃんを誘いました。初参加の彼女は、ゆずとCharがお目当てとのことそういえば私も、一昨年は、ヨーコさんや 宮沢りえ さん見たさのミーハー感覚でしたが、愛にあふれた、あったかコンサートにすっかり味をしめた今は、誰が出てきても嬉しいです。だって、みんな、FAB4やジョンの音楽をこよなく愛する、素敵な人達だから。
「今どきの若い歌手って、よく知らないな~」とぼやく昭和の若者も、
「ビートルズ?そういえば授業で習ったかな~」という平成の若者も、
きっと楽しめます


開演前、ブログ仲間の オンデン さんとお会いすることができました
明るく楽しい方で、初対面とは思えないほどフレンドリーな時間が流れました
ビートルズ(正確にはチューリップ)つながりの縁(えにし)の糸、大切にしたいです。


今年はステージの真後ろである北側席まで解放されていました。もちろん満席。
マイシートは、アリーナを見下ろす西側1階の3列目。前から見えるのって幸せなこってす。だって、去年はこんな席 だったんだもん
しかも、今回は、ステージが近くて、よく見える。こいつぁ春から縁起がいい…って、冬なんですけど




                     






午後7時過ぎ、場内が暗くなり、ヨーコさん(以下、出演者敬称略)の、ハウスミュージックっぽい Give Peace a Chanceが流れたかと思うと、ゆず奥田民生
トータス松本(ウルフルズ)、斉藤 和義 が登場し、 Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey をシャウト。のっけから、この豪華なメンツによるマニアックな選曲には度肝を抜かれた。会場は狂喜乱舞。


The Beatles(ホワイトアルバム)発売から40年。この曲は、FAB4の中で、最も長いタイトルとして有名だ。弾けたヴォーカルと 嘉門 カモンの掛け合い、ノリノリのギターにドラムが熱い。アリーナ席は、早くも総立ち。前方4人組の女子がかぶった、ゆずの応援帽(柚子色のバレーボールを半分に切ったような感じ)が可愛い。曲は知らなくても、楽しみゃいいさ。 Come on, take it easy!
続けて A Hard Day's Night お楽しみはこれからだ



お次は、若手の実力派 絢香 大阪に住む母親がビートルズのファンクラブに入っていたそうで、出演が決まったことを知らせると大喜び。候補曲を連ねたメールが来たとか。親子で選んだ曲は、Eight Days A Week Mind Games 思いのたけがこもったソウルフルな歌唱力。21歳にして、「一生歌い続けたい」という姿勢。常連になるかも。たぶん私と同世代のお母さんも、会場で口ずさんでいるはず。 

 
今年も登場の THE SUNDAY DRIVERS(スネオヘアー&箭内道彦) は、
Free As A BirdWoman。ひょうひょうとした二人の、まったりした歌をバックに、スクリーンでは、ドリームパワーで建てた、ベトナムの小学校での交流風景ビデオ上映 ちなみに、このDay Tripperペア、去年も自腹で現地校を訪れてます。各校の門には、ジョンとヨーコの写真付きプレートが掲げてあるそうな。



BONNIE PINK は「友達ソング」と題し、ジョンが エルトン・ジョンと歌った、
真夜中をぶっとばせ(Whatever Gets Thru The Night) と、ビートルズ時代、リンゴのために作った With A Little Help From My Friends 歌に合わせ、ドリームパワーでできた学校を、順番にスライドで紹介。75番目が映ると、会場中から歓声と拍手が上がった


           
初登場のフジファブリックStrawberry Fields Forever
ヴォーカル君の、色白つやぴか肌が羨ましいおばしゃん二人である。
LOVE PSYCHEDELICO は、Dear Yokoと、私の大好きなWatching The Wheels Kumiさんのマンドリンで、心弾む曲に聞こえるのも不思議。 
新顔のSalyuはジョンが倒れた'80年生まれ。でも、ジョンの想いはしっかり伝わる。Oh My LoveMother 細身の体から歌がわき出てくる感じだ。



おっ、宮崎あおいちゃん登場。あまりのラブリーさに場内騒然。妖精のような白いふわっとしたロングワンピース。痩身にお団子頭で小顔がひときわ目立つ。椅子に腰掛け、Love の和訳を朗読。役を「演じる」のではなく、その人に「なる」という、平成の北島マヤ。(未完成の「ガラスの仮面」、インターバル長すぎです~。ストーリー忘れたぞな。) ジョンの歌詞も、あおいちゃんにかかると、まるで自作の詩のように感じた。 

 
早々に退場の彼女に、会場は「え~~っ」…「笑っていいとも」のテレフォンショッキングコーナーか。
そこへ、 若者に大人気の ゆず が出てきてこんにちは。坊ちゃん一緒に遊びましょ。>ちゃうちゃう。あっという間に空気が変わる。ゆず帽の皆さんも黄色い声
In My Life と、節目節目で歌ってきたという (Just Like) Starting Over
横浜・伊勢佐木町の路上ライブ出身の彼等は今年結成10周年を迎えたそうだ。
おめでとう



続いては、五十代のフランス婚カップル、パーカッションの斎藤ノブ&夏木マリ 夫婦。うちの子達には 千と千尋の神隠し の「黒柳徹子 湯婆婆(ゆばーば)の声の人」で通るが、私はやっぱり、「絹の靴下」のフィンガーアクションが忘れられない。修学旅行のバスで、コマネチ似と評判だったS君がこの曲を歌ったことを、今も覚えている女子は案外多かった。彼は忘却の彼方かもしれないけど。
歌は2・3分でも、思い出は一生続く。


日本語で歌う John Sinclair のあと、戦火のアフガニスタンからバングラデシュに逃れ、ドリームパワー校に通う12歳の少女の手紙を紹介。通える学校があり、友達がいて、勉強ができる。平和な毎日がある。それだけで幸せ。



遠い国の出来事のように感じるが、奇しくも67年前は真珠湾攻撃の日。(現地では時差の関係で一日違うらしいが。)当時、小学生だったヨーコにとっても身につまされる思いだろう。焼け野原で空腹を訴える小さな弟に、「雲が食べ物だったらと想像してごらん。」と話しかけていた姉・洋子。Imagineは彼女の口癖だったとは、8コ下(日本じゃけん)の夫の弁。やっぱし弟分だったのね


最近、音楽でボランティアを始めたという熟年カップルの紡ぐ Love が優しい。
ステージを降りる時、仲良く手を繋いでいたと、Mちゃんが教えてくれた。
(残念、見逃しちまった
   

去年に懲りて今年は1回完結にするつもりだったのに、気が付けば、ヨーコさんの登場前に字数オーバー。
ふっっ、学習しない奴だぜ
…てなわけで、後半へ続く。>ちびまる子ちゃんか。


   
2009.12.10 / Top↑