十代の頃ミーハーしていたアラフィー女子にとって、アイドル外タレの王道といえば、タータン・ハリケーンこと、 BCR(ベイ・シティ・ローラーズ) だろう。同じヨーロッパ生まれの チュッパチャプスキットカット は、彼等のCMやコンサートとのタイアップで知名度を上げたように記憶している。


英国北部の州都エジンバラは、今どきの若者には、J.K.ローリング氏が、幼子を抱え、貧しい暮らしの中、ハリー・ポッターを執筆した地として有名だが、70年代はBCRでキマリだった。ミーハーなマイ実家では、まず、妹達がはまった。


LPやRock Show(明星の外タレ版…歌本ないけど)を買い、地元のレコード店が企画した来日公演観戦ツアーに参戦。バスの目的地は海外(岡山)。まだ瀬戸大橋が出来る前で、フェリーで夜の海を渡ったという。十代の子の親となった今、いくら集合場所がご近所だったとはいえ、娘達を、外タレアイドル観戦のバスツアーに送り込む親もなかなか大胆だったのではないかと、改めて思う。


初めはお子ちゃま向けのアイドルと馬鹿にしていた私だが、そこはミーハー。やはり流行り物が気になる。せっかくレコードがあるのなら、聞かず嫌いはもったいないではないか。針を落とすと、おお、なかなかいけるぞなもし


結局、次の来日時には、タータンチェックのシャツに身を包み、初の武道館でキャーキャー言ってた すっとこどっこい姉ちゃん。東西線車内のタータン風景から始まる便箋数枚の熱い現地レポートをしたため、BCR道(?)の先輩である妹達の失笑を買ったことも、青春の一頁だ


オリジナルアルバムのラインナップは、ラズベリーズやフォー・シーズンズ、ダスティ・スプリングフィールドなど、売れ線ポップスのカバーの他に、メンバーの作品群。後期は、ほぼオリジナルだったと思う(手元にないので不明)。


パンダ似のタレ目ギタリスト Eric Faulkner(エリック)と、おちょぼ口のベーシスト Stuart Wood(ウッディ)コンビが作った曲たちは、今聴いてもいい感じ ただのアイドル外タレと一蹴するにはもったいない。どの曲だったか、「She Haiku Zen」という、意味がありそでなさそなフレーズがあり、ニヤニヤしたこともある。




             




はなまるマーケットのオープニングテーマ(カバーソング)も大ヒットしたが、今日はバラードの名曲 Dedication(青春に捧げるメロディ)や、一番好きな Don't Let The Music Die(ハートで歌おう)を聴きたい。「dedication」も「dedicate」もこの曲で覚えた単語だ。どちらのメロディも歌詞も泣ける


前者は、地元のラジオ局に電話をかけ、あの子に贈りたい曲をリクエストするという内容。青春時代、ラジオのリスナーだった人には胸キュンかも。


リクエストといえば、名物DJ Casey Kasem(ケーシー・ケーサム)の American Top 40 を思い出す。「Dear Casey」で始まる「Long Distance Dedication」(遠距離リクエストコーナー)で、葉書の差出人と で話してたっけ。英語があまり聞き取れなくても、アメリカの空気や、曲に寄せる想いは なんとなく伝わってくる。耳を傾け、知っている単語や固有名詞を拾ったものだ


キー局はFEN(Far East Netwok=現・AFN)で、たしか、土曜の午後の放送。夜には同じ番組をダイジェストにした翻訳版がラジオ関東(同・ラジオ日本)で流れていた。DJは 湯川 れい子 さん。エンディングでは、英語版がkeep your feet on the ground and keep reaching for the stars… 日本語版だと それでは来週まで地面にちゃんとあんよを付けて、星に手を差し伸べて… が決まり文句だった。今でも二人の声が、耳の奥でこだまするが、覚えている人、いるかな?



          This song I wanna dedicate to you
          And to everyone who feels the way we do
          As long as you're a part of me
          The song will play on endlessly
          I hope my dedication's getting thru (Dedication)




          I remember all those days gone by
          I remember all their faces
          The old familiar places

          Don't let the music die
          No our song could last forever
          Don't let the music die
          Don't let the music die

          When we were young we had our time
          And we would drink sweet talking wine
          But now that it's over
          All the songs sound out of rhyme

          Don't let the music die
          
          And though we said goodbye,
          We could spend our lives together
          So as time goes by,
          Don't let the music die (Don't Let The Music Die)




歌詞を見るだけで、レスのボーカルや、オーケストラのバックや、あの頃の思い出が蘇ってくる。スタンダードナンバーとして歌い継がれるといいな、といつも思ってきた、切ない音楽愛の詰まった曲達。


Decdication はカーペンターズの Yesterday Once More に、Don't Let The Music Die は、ビートルズの In My Life に通じるような気がする。
思えば いと疾し この年月。無邪気な春の語らいや、華やぐ夏のいたずらや、
笑い転げたあれこれ 思う秋の日 である。隣の客はよく柿食う客だ


今日のメロディーは、遠い町に住む妹達と、あの頃タータンで keep on rollin'していた、ミーハーな 遠い目のご同輩に捧げたい。All of me loves all of you




        リクエスト   夢の中   歌は心 


        カバー     きっと勝つ   土曜の夜  




  

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2009.10.29 / Top↑
今日は全国的に土曜日ですね。
土曜といえば、この曲♪
BCRことベイシティローラーズの「Saturday Night」です。


当時は、スペルを書くたび「S★A★TUR★DAY」(night!)と頭の中でリズムを刻んでいました。
今では英語を書く機会はほとんどなくなりましたが、たまにこの単語を書く時は、やっぱり「S★A★TUR」って言ってます。
この習慣は一生続くのでしょうか?


最近では、このリズム、「乾杯!ラガー」のCMに使われていました。
紅白歌合戦にも出た、ゴリエの「ペコリナイト」の元歌ですね。
それでは、つぶやき、スタート!!



     歌 詞      SA TUR ★ DAY ★ NIGHT  


スコットランドはエジンバラの騎士・ベイシティローラーズ。
古い歴史のあるスコットランドには、日本の家紋のように、何百種類も、家ごとに代々伝わるタータンチェックがあり、メンバーは、ご先祖様の紋章をステージ衣装に取り込んでいました。


「エジンバラ」は、土地の言葉で「斜面に立つ城砦」という意味で、高台にそびえるエジンバラ城は、街のシンボルであり、波乱の歴史を持つスコットランド人の誇りでもあります。
タータンチェックの衣装に身を包み、バグパイプで、おなじみ「スコットランド・ザ・ブレイブ」などの曲を演奏をする人が、街なかで見られます。
ハリーポッターを書いたJ・K・ローリングや、シャーロックホームズの著者コナン・ドイル、電話を発明したグラハム・ベル、名優ショーン・コネリー、「Sailing」でおなじみのロッド・スチュアートもこの地方の出身。


「イギリス」とひとくくりに言いますが、正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」
「イングランド」「スコットランド」「ウェールズ」「北アイルランド」の4つの非独立国に分かれていて、スコットランドは1707年までは独立王国でした。


かつてイングランドと戦った歴史があるので、スコットランド人には「イングランドと一緒にするなよ」というプライドがあります。
だから、イングランド出身のQueenやRolling Stones と一緒にしないであげて下さい。(何をお願いしてるんだ?)


イングランド・リヴァプール生まれのビートルズの祖先は、アイルランド出身だそうです。
サッカーで「イングランド」だ「スコットランド」だと燃えるのも、わかるような気がします。きっと、ご先祖様の血が騒ぐのでしょうね。


コンサートに行くファンは、お気に入りのメンバーさんちの紋章を入れた「ローラーギア」と呼ばれるタータンチェックの服や小物を身に付けていたので、服の色で、誰のファンか、すぐ見分けがつきました。
「この人、黄色!ウッディ!おんなじおんなじ!」と、ごひいき同士を暗黙のうちに結びつける絆の役割も果たしていました。
私の武道館デビューは、赤いタータンのシャツを着て行ったBCRコンサートでした。だ~れだ?


メンバー交代をたびたび繰り返すあたり、モーニング娘(今何人?)の先輩ともいえますが、この曲が大ヒットした'76年当時のメンバーは、
レスリー(ヴォーカル)エリック(ギター)ウッディ(ベース)デレク(ドラム)の4人でした。
その後、イアン、パット、ダンカンと続きましたが、ダンカンは顔すら知りません


イアンは「青春に捧げるメロディ(Dedication)」の時、レスリーと入れ替わる形で参加しました。
この曲には、レスリーバージョンと、イアンバージョンがあります。
始めの「I phoned a local station・・・」の部分のイアンの語りが早口で違和感があったので、私としては、レスリーバージョンの方が好きです。
でも、Rosetta Stoneの武道館コンサートにも行ったよ・・・


ちなみに、「イアン」はスコットランド名で、「ジョン」という意味。
ジョン・レノンの息子の名前でもある「ショーン」も、アイルランド名で「ジョン」
彼は、アイルランド人の血が流れていることに誇りを持っていたわけですね。
ショーンには「太郎」という日本名もついています。


レスリーは関西人の女性と結婚し、来日して和服で挙式しました。
一人息子の名前は「リチャード十兵衛」・・・忍者か?


キュートな笑顔で大人気だったパットは、脱退後、パット・マッグリンバンドを結成し、「あの娘はアイドル」をヒットさせました。
来年3月で50歳になります。
学年でいうと、ピンクレディや石川さゆりさん、大竹しのぶさん、そのまんま東さんと同い年です。


ベイシティローラーズという名前は、グループ名をダーツで決めようということになり、地図を広げて当たった「Bay City」という町から来ているそうです。
まあ、所ジョージさんの番組にある「日本列島ダーツの旅」みたいなもんです。
(あのコーナー、大好き。)


人気絶頂期に、レスリーが「We don't wanna be yesterday's hero」とシャウトしていた時、私は、いつか、「あの人は今」になるよな・・・と思っていました。
でも、人気こそ当時には及びませんが、彼等は今も地道にバンド活動を続けているそうです。
みんなオヤジになり、額は後退したけど、誰でもみんな年を取ってゆくのだから、それもまた年輪。50を過ぎても現役バンドだなんて、ただのアイドルじゃなかったということの証明ですよね。


まだローラーギアで歌ってるのかな?
日本でいうと、さしずめ、紋付きを着てロックンロールってとこかな?


Don't let the music die !!








 
2009.07.05 / Top↑