<今日のtwitterより >

多くの愛する人を亡くしました。亡くなっていった人、哀しみを胸に遺された人を見過ぎました。あの日以来、泣き方を忘れました。だけど、沢山の人々に助けられ生きています。亡き人々、生きている人。あなたがいてくれて本当にありがとう。安らぎが訪れますように。三回忌に哀悼の意と感謝を込めて。(福島市)


今年もこの日がやってきた。1Fの現場はいつもと変わらぬ風景、風は少しあるがあの日より暖かい、海も穏やか。2013年3月11日14時46分 東日本大震災で亡くなられた多くの犠牲者の方々に対し、犠牲者の無念、一つの命の重さ、大切さ、生きる、生き抜く、様々な想いを込めて黙祷致します。(福島第一原発作業員)


震災から、もうすぐ2年... この2年、特に中3の1年間は、本当に様々なものが詰まってた時だと思います。去年の黙祷は、家があった場所で行いましたが、今年はその場所にがれき処理場ができ、入れませんでした。 1年で少しは復興したのかな?と思います。 そんなことは、一瞬で、海を見ると現実に戻ります。(宮城・気仙沼市 高校生)


マスコミも一般の方も3.11だと盛り上がるのは分かるのだが、その一方でこの日が来ると気分が沈む、あの日のことを思い出してパニックになる、など心にまだ重い負担のかかっている人がいることは心の片隅に留めておいてほしい、と思う。これは5年経っても10年経っても同じこと。


2年という節目で思うことは、良くも悪くも地元には「被災地」、「被災者」とは括れない多様な意見があること。TVや新聞で報道される意見が全てではない。場合によってはマジョリティですら無いこともありうる。場所と場合によっては「地元を復興させよう!」という意気込みすら、住民の完璧なコンセンサスを得るのは難しいのではないかと考えている。震災後、追い詰められた時期があって「なんで『復興に向けてがんばろう』なんだよ!なんで頑張ることを強いられなきゃならんのだ。たまたま地震が起きたせいで」とか思ったこともあるので、自分からは「がんばろう」とは言わないように心がけている。「がんばろう」と声をかけられてる人は、地震さえ起きなければ今ほどは頑張る必要は無かった人々です。でも、「被災地」とか「被災者」とか「がんばろう東北」とかってとっても便利な言葉で、思わず使ってしまいそうになることも多いんですよ。うっかり使ってたりしたら、それはあまり考えないで物を言っている証拠。(宮城・石巻市)


個人的には被災地被災地って東北ばっかピックアップされて、茨城も被災地なんだけど忘れられてる感がちょっとねぇ・・・(茨城・大洗町)千葉県もですね…(千葉市)長野も、青森も


公共メディアは誰のものか?知る権利を有する市民のものです。表現の自由を有する市民のものです。メディアに関わる一人一人がそれらの権利を常に最優先に掲げ、発信に努めなければなりません。あの日犠牲になり、そして今も情報が届かなかったことで不安と向き合う日々を過ごしている皆さんのことを想い。亡くなった方々への哀悼の意を示し、黙祷を捧げます。(神戸市出身 NHKアナウンサー)


阪神大震災の時は携帯も普及してなくて友達と連絡とるのが大変だった。避難してる人は電話帳持ってなかったりするから、その後しばらく連絡とれなくてやきもきしたり。東日本大震災ではSNSの強さが目立った。これで安心できた人も沢山いたと思う。少しずつでも世の中は進歩している。(大阪市)


今朝は、ドイツのTVとラジオ、日本の大震災二年目が話題。福島と原発がテーマで、国内政治にからんだドイツらしいアプローチ。英語版アルジャジーラが、津波の被害者を取材。廃墟のお寺の鐘からスタート。ジャーナリストはアジア系で、何か近いものを感じる。孫が吹く笛の音色が心にしみた。(ドイツ)


3月11日の震災時に思い知ったのは、ネットのチカラ。TVでは自然の脅威や悲惨さは伝わってくるが、肝心な震災を生き抜く情報が後回し。ツイッターは玉石混在だが、あの時は本当に役に立った。(台湾)



昼休み。銀座にある河北新報社東京支社で今日の一面を見に来た。足を止める人は誰も居ないけど紙面は静かに力強く語っている。けどこの状況、なんか悔しい。銀座に行く方、今日だけでも花椿通りプロントの隣で今日の河北是非見てください。 pic.twitter.com/B3JdvHXf2S (宮城出身)



『この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ』ビートたけし


        




昨年の3/11よく晴れた日曜日。山下達郎サンデーソングブックは追悼特番。オープニングで地震、原発事故、放射能汚染、政府、電力会社の対応、情報への不信、何を信じたらいいのかという思いを述べ、一年の状況を見事なまでに短い言葉で綴った。これを超える追悼の言葉に未だ出会っていない。






スポンサーサイト
2013.03.11 / Top↑